嚙み締めでパフォーマンスは上がるのか?
プロの選手達はみんな噛み締めが強くて奥歯がボロボロって聞いたことあるけど、嚙み締めるとパフォーマンス上がるのかな??
確か、金足農業の吉田輝星選手も嚙み締めが強くて歯が欠けるからマウスガード(スポーツ用マウスピース)を使ってるって聞いたし!!
スポーツをしている人なら一度はどうなのかな?って考えた事がある事じゃないでしょうか?
今回のテーマは【噛み締めでパフォーマンスは上がるのか?】です。
スポーツをしている人なら誰もがパフォーマンスを上げたいと思うはずです。スポーツ歯科の視点から噛み締めとパフォーマンスの関係を紹介していきます。
Jendrassik(イェンドラシック)効果
ある筋の一過性の随意筋収縮によって、その筋とは協同筋や拮抗筋などの直接的な関係を持たない遠隔した筋に促通効果を及ぼす現象を【Jendrassik効果】と言います。
皆さん子供の頃に、膝を曲げた状態で膝の下を叩くと足がビョーンと伸びる現象で遊んだ事はないですか?
この現象は医学的には脚気(かっけ)という病気の診断に使う検査で膝蓋腱反射と呼ばれています。
この膝蓋腱反射を行うときに、普通の状態で行うのではなく、 両手を胸の前で鉤握りで引っ掛けて組んでもらい(格闘技で言えばクラッチ(笑))、合図したらこれを左右に引っ張るように指示し、引っ張った状態で検査を行います。
このような状態で膝蓋腱反射を行うと、普段よりもその反射が起こりやすくなるというのが 【Jendrassik効果】 です。
つまり、足とは直接関係のない腕の筋肉を緊張させる(力を入れさせる)ことで、膝蓋腱反射が促進され、日本語では遠隔促通などとも言われます。
嚙み締めによる Jendrassik効果
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次に噛み締めによるJendrassik効果についての論文を紹介します。
1991年に発表された「ヒトのヒラメ筋H反射の嚙み締めによる変調」に嚙み締めによる Jendrassik効果が書かれています。
今回紹介する論文では嚙み締めを咬筋の緊張によって評価しています。咬筋とは耳の少し前、頬っぺたの後ろの方にある筋肉で、耳と頬っぺたの間に手の平を当てて強く嚙み締めると力こぶのように筋肉が硬くなるのがわかると思います。そこが咬筋です。
H反射とは、簡単に言うと電気刺激を使って人工的に筋肉を収縮させる検査です。
この論文では、咬筋の緊張とH反射(H波)の相関関係が示されています。
上の図は上から2番目が咬筋の筋電図、一番下がヒラメ筋のH波を示しています。
この図から強く嚙み締めれば嚙み締めるほど、ヒラメ筋のH波が大きくなってきているのがわかります。つまり、強く嚙み締めるほど一定の刺激でも強い筋肉の収縮が得られることがわかります。
嚙み締めと握力の関係
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より日常的な動作での嚙み締めと筋力の関係を示した論文を紹介します。
2003年に発表された「噛みしめと握力発揮特性の関連性」で嚙み締めと握力の関係が示されています。
この論文では、握力を単なる最大握力だけで評価するのではなく、時間軸を加える事で瞬発力についても評価が行われています。
この握力測定は4つの条件下で行われており、
- 握力測定前~測定後までずっと嚙み締めている(C-C)
- 測定前のみ嚙み締め、測定中は噛みしめない(C-R)
- 測定前は噛みしめず、測定中は噛みしめる(R-C)
- 測定前~測定後まで嚙み締めない(R-R)
この4つの条件で違いがあるのかどうか評価が行われています。
最大握力を見てみると、握力を測定する前後に関わらず強く嚙み締める事によって最大握力の上昇が認められ、特に、測定中に嚙み締めている2つの条件下(C-C、R-C)では噛み締めを行わない条件下(R-R)と比べて統計学的にも有意差が認められています。
また、瞬発力を評価する90%最大握力発現時間でも握力を測定する前後に関わらず強く嚙み締める事によって、 90%最大握力発現時間 の短縮が見られ瞬発的により強い力を発揮できる事がわかる。これは噛みしめを行う3つの条件下(C-C、R-C、C-R)では噛み締めを行わない条件下(R-R)と比較して、統計学的にも有意差が認められている。
この論文から、嚙み締めを行うことによって最大握力、握力の瞬発力など握力のみの評価についてはパフォーマンスの向上が認められたことになります。
嚙み締めは諸刃の剣
嚙み締めるによって最大握力の上昇や瞬発力の上昇効果が認められることはわかりました。
しかし、この結果はあくまで限られた筋肉の、限られた運動においてのみの結果である事を忘れないでください。
もしも、握力大会のような物があれば嚙み締める事は競技のパフォーマンス向上に繋がると言い切ることができます。
しかし、もっと全身的な動きが必要とされる競技では嚙み締める事で筋肉の収縮が起きやすくなってしまい各関節のスムーズな動きを邪魔してしまう可能性があります。関節のスムーズな動きを邪魔してしまえば、一般的に”力み(りきみ)”に繋がってしまい、パフォーマンスを低下させてしまう事になります。
つまり、『強く嚙み締める=パフォーマンスの向上』ではなく、『強く嚙み締める場面を適切に選択する=パフォーマンスの向上』と言う事ができます。
実際に、短距離走の選手はスタート直後に強い噛みしめをしているがその後はほとんど噛んでいない事も実験からわかってきています。
強い噛みしめの弊害
強い噛み締めの弊害は、パフォーマンスの低下だけではありません。
強い噛み締めを続けていると歯の破折(歯が割れる)を起してしまう可能性があります。
サポートさせてもらっている選手達の中にも、筋トレを多くする選手達は歯が欠けてしまったり歯が割れてしまったといった経験をしている選手が少なくありません。
特に治療をしている歯がある人は要注意です。中でも神経を取る処置をしている歯がある人はヤバいです。神経を取る処置をしている歯は枯れ木と同じで、歯が脆くなっていて破折(歯が割れる)リスクがとても高いです。
もし、歯が割れてしまった場合は、激痛を伴うだけでなく、抜歯の適応となってしまうケースがほとんどです。
このような、歯のトラブルを防ぐためにもマウスガード(スポーツ用マウスピース)を使う事は選手達にとってとても有効です。
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